東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6543号 判決 1967年10月18日
昭和三九年(ワ)第七七一一号、昭和四一年(ワ)第六五四三号
原告
深井浩二
昭和三九年(ワ)第七七一一号
原告
日本通運株式会社
右両名代理人
山田重雄
同
田中仙吉
同
藤田信祐
昭和三九年(ワ)第七七一一号
被告
双栄興業株式会社
昭和三九年(ワ)第七七一一号
被告
土屋金次郎
右両名代理人
三浦晃一郎
昭和三九年(ワ)第七七一一号
被告
日本興運株式会社
昭和四一年(ワ)第六五四三号
被告
東京日野ヂーゼル株式会社
右両名代理人
加藤真
主文
一、被告双栄興業株式会社および被告土屋金次郎は連帯して、原告深井浩二に対し金二二一万五七六〇円およびこれに対する昭和四〇年九月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、被告双栄興業株式会社および被告土屋金次郎は連帯して原告日通運株式会社に対し金一七万〇〇四一円およびこれに対する昭和四〇年九月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
三、原告らのその余の請求は、棄却する。
四、訴訟費用中、原告らと被告双栄興業株式会社、被告土屋金次郎との間に生じたものは被告両名の負担とし、原告らと被告日本興運株式会社との間に生じたものは原告両名の負担とし、原告深井浩二と被告東京日野ヂーゼル株式会社との間に生じたものは原告深井浩二の負担とする。
五、この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
原告ら――「被告らは各自原告深井浩二(以下原告深井という。)に対し金五〇〇万円、被告双栄興業株式会社(以下被告双栄興業という。)、同土屋金次郎(以下被告土屋という。)、同日本興運株式会社(以下被告日本興運という。)は各自原告日本通運株式会社(以下原告日通という。)に対し金一七万〇〇四一円および被告双栄興業、同土屋、同日本興運は右各金員に対する昭和四〇年九月二三日から、同被告東京日野ヂーゼル株式会社(以下東京日野という。)は右金員に対する昭和四一年七月二一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
被告双栄興業、同土屋――「原告の請求を棄却する」との判決。
被告日本興運――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの連帯負担とする。」との判決。
被告日野――「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 請求原因
一 (事故の発生)
訴外加藤孝昭は、昭和三八年一月三〇日午前一〇時頃、貨物自動車日野ヂーゼル八屯車(足一え七九二一号)(以下本件自動車という。)を運転し、東京都江東区大島町八丁目五一五番地先道路上を東進中、前方道路左側端に駐車中の原告日通所有の貨物自動車の右側ドアを開け、ステツプに乗つて乗車しようとしていた原告深井の腰部に本件自動車左前部を接触させて同人を路上に転倒させ、因つて同人に対し右大腿骨骨折、骨盤骨折、尿道、膀腔破裂等の傷害を負わせた。
二 (被告双栄興業の責任)
被告双栄興業(昭和三八年六月八日港商興株式会社を双栄興業株式会社と商号変更。同日以前の場合も以下単に双栄興業という。)は、当時本件自動車を自己のために運行の用に供していたので自賠法三条の責任がある。
三 (被告土屋の責任)
(一)1 訴外加藤孝昭は、当時被告双栄興業の従業員であり、自動車運送業務に従事中、前方注視、安全運転義務違反の過失により本件事故を惹起させた。
2 被告土屋は当時被告双栄興業の代表取締役であつたが、被告双栄興業は資本金一〇〇万円、従業員七名、保有車輛二ないし四台程度の個人会社であり、かつ同社所在地も被告土屋の住所地にあり、被告土屋が同被告の従業員の雇傭、会社経理、業務監督の一切をなしていた。
よつて被告土屋は民法七一五条二項によるいわゆる代理監督者として責任がある。
(二) 被告土屋は、昭和三八年六月一日原告らとの間に、本件事故に対して被告双栄興業が負つている損害賠償債務を連帯して保証する旨の契約をした。よつて被告土屋は連帯保証人としても原告らの蒙つた損害に対して賠償する責任がある。
四 (被告日本興運の責任)
被告日本興運は、無免許運送業者である被告双栄興業に営業ナンバー車輛名義を貸与し、被告双栄興業が本件自動車を自己のために運行の用に供することに協力していたもので、被告日本興運自身も本件自動車を運行の用に供していたのであり自賠法三条の責任がある。
五 (被告東京日野の責任)
被告東京日野は、昭和三六年一月ごろ、被告双栄興業に所有権留保約款付で本件自動車を売り渡し、被告双栄興業の本件自動車の営業的運行により自動車売買代金の分割弁済金収受の利益を受け、かつ被告双栄興業の営業用貨物自動車の無免許運行に際して注意すべき事項の指示をなすことを通して、本件自動車を被告双栄興業と協同して自己のために運行の用に供していたので自賠法三条の責任がある。
六 (原告深井の損害)
(一) 原告深井の失つた得べかりし利益
原告深井は、当時原告日通に勤務する社員であり本件事故に遇わなければ定年(五五年)に至るまで勤続し、同社の給与体系に準拠する収入を得べきものであつた。右基準に従えば、同人は別表(一)、(二)のとおり定年時(昭和七〇年三月三一日)迄に給与総額四二六三万八二五八円および原告日通の給与体系により算出する退職慰労金八六三万二二〇〇円を取得すべきものである。
ところで、原告深井は、昭和三九年九月三〇日原告日通を希望退職し、同年一〇月八日居住地在の訴外埼玉県越谷自動車教習所に指導員助手として就職した。しかし右勤務先の相違によつて原告深井の失つた得べかりし利益を判定することは困難であるので同人の労働能力低下に伴う将来の損失を算出すべきところ、同人には学歴その他特別の技能がなく自動車運転業が生計をたてる唯一の手段であり、本件事故の後遺症である右膝変型癒着による反対屈折(右足によるブレーキ操作を不能ならしめる。)ため自動車運転に従事することが不能になつたのであるから、同人の労働能力は少なくとも五割減少したものというべきである。
そこで、給与総額金四二六三万八二五八円から年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除した金一六八八万六四三八円の五割相当額八四四万三二一八円、および、退職慰労金八六三万二二〇〇円から年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除した金三四一万八六九三円、右の合計金一一八六万一九一一円が原告深井が事故の時点において失つた得べかりし利益となるところ、その内金四一一万一一六五円を請求する。
(二) 看護料等
原告深井浩二は入院加療期間中看護料等合計金四三万三二三五円の支出を余儀なくされ同額の損害を蒙つたところ、被告双栄興業から金四万四四〇〇円を受領したのでその残額金三八万八八三五円を請求する。
(三) 慰藉料
原告深井は本件事故により生命の危険に遭遇し、今後とも独身で不具者として生活しなければならず、自動車運転手の職を失い将来の経済的生活に対する不安苦痛を味わつたので右苦痛の慰藉料として金五〇万円が相当である。
(四) 以上を合計して、原告深井の損害額は金五〇〇万円である。
七 (原告日通の損害)
原告日通は、原告深井の昭和三八年一月三一日から同三九年三月一四日までの休業期間中の給料相当額の四割の金一七万〇〇四一円(残りの六割相当額については労災保険法により原告深井に支給された。)を同社就業規則九五条に基づき債務の履行として原告深井に支払つた。
ところで、原告日通の就業規則に基づく損害填補債務と被告東京日野を除く被告らの原告深井に対する損害賠償債務とは不真正連帯債務関係にあり、更に両名の負担する義務の性質上右被告らのみが終局時に賠償責任を負担すべきものであるから、原告日通は民法四四二条に基づき右被告らに対し原告深井の右金額相当の賠償請求権を代位行使する。
八 (結論)
よつて原告深井浩二は被告らに対し各自金五〇〇万円および被告双栄興業、同土屋、同日本興運に対しては訴状送達の後である昭和四〇年九月二三日から、同東京日野に対しては訴状送達の翌日である昭和四一年七月二一日から、いずれも、年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告日通は被告双栄興業、同土屋、同日本興運に対し各自金一七万〇〇四一円および訴状送達の後である昭和四〇年九月二三日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 被告らの答弁
一 (請求原因第一項について)
被告双栄興業、同土屋――原告深井の負傷の点は不知。その余は認める。
同日本興運、同東京日野――不知。
二 (同第二項について)
被告双栄興業――認める。
三 (同第三項について)
被告土屋――(一)の2は否認。その余は認める。
四 (同第四項について)
被告日本興運――本件自動車の営業ナンバー車輛名義が当時被告日本興運のものであつたことは認める。その余は争う。
被告日本興運は同双栄興業に本件自動車の名義貸与をしたがその対価としては何も受け取つていない。所有名義の点を除き被告双栄興業は、本件自動車税を納付することはもちろん全般にわたつて本件自動車の所有権を行使し、これによつて運行を管理し収益をあげていた。
五 (同第五項について)
被告東京日野――本件自動車を所有権留保約款付で被告双栄興業に売り渡したこと、分割弁済金収受の利益を受けていたことは認める。この分割弁済収受を受けていたことは認める。その余は否認する。
車検手続を除き何らの手続、指示をしたことはない。
六 (同第六項について)
被告ら――不知。
七 (同第七項について)
被告双栄興業、同土屋、同日本興運――不知。
第四 被告土屋の抗弁(請求原因第三項(二)に対して)
一 被告土屋は原告日通汐留店に呼び出され原告日通の人が書いた原稿を突きつけられておどかされたので、強迫により本契約を締結したものである。よつて被告土屋は本訴(昭和三九年一〇月三一日の口頭弁論期日)においてこれを取り消す旨の意思表示をした。
二 仮りに右主張が認められないとしても次のとおり主張する。
原告らが損害金全額の請求を維持するのであれば要素の錯誤により本契約は無効である。
すなわち、被告土屋は原告深井の病院費用のみを負担する積りで本契約を締結したのであつて、全損害について保証する意思はなかつた。
第五 原告らの再答弁(右被告土屋の抗弁に対して)
一、二とも否認する。
第六 証拠<略>
理由
一請求原因第一項について案ずるに、<証拠>によれば、原告ら主張の日時、場所において訴外加藤孝昭の運転する本件自動車が原告深井の腰部に衝突して同人を路上に転倒させた事実が認められる(原告らと被告双栄興業、同土屋との間には争いがない。)<証拠>によれば、右事故によつて原告深井が原告ら主張の傷害を負つた事実が認められる。
二同第二項については、原告らと被告双栄興業との間に争いがない。従つて被告双栄興業は後記損害について運行供用者として自賠法三条による賠償責任がある。
三同第三項の(一)について判断するに、その1は原告らと被告土屋との間に争いがなく被告土屋金次郎本人尋問の結果によれば、当時被告双栄興業は資本金一〇〇万円で運送を会社の目的とし、車は三台のみ、従業員も運転手、助手それに代表取締役社長である被告土屋を加えて総数七名の小さな会社であり、実質的にみれば被告土屋の個人会社ともいえるもので、被告土屋は従業員の選任監督はもとより会社の事業全般にわたり指揮監督する立場にあつたことが認められる。右認定事実によれば被告土屋は、被告双栄興業に代つて事業を監督していた者であつて、民法七一五条二項による責任があり、連帯保証人としての責任の有無を断ずるまでもなく後記損害について賠償責任がある。
四次に、同第四項について判断することとし、その前提として、本件自動車と被告双栄興業、同日本興運、同東京日野との関係を見るに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
昭和三五年二月一六日、被告東京日野は被告日本興運から代金支払遅延を理由として、先に売り渡した四台の自動車を引きあげた。ところで、被告双栄興業の代表者である被告土屋は、被告東京日野の社員訴外宮沢から、営業ナンバー付の車があることを聞き、同月二九日被告東京日野から右四台の自動車を所有権留保約款付月賦弁済契約で購入した。被告日本興運の代表者訴外石川は右引揚の際右四台の車の登録名義をそのまま保持しようとの意図をいだいたわけではなかつたのであるが、被告双栄興業の被告土屋から営業ナンバーの使用のため被告日本興運の登録名義を貸与されたい旨申出を受けた際、それまで被告双栄興業の関係者とは何らの面識もなかつたけれども、被告東京日野からの口添えもあつたので、「被告双栄興業は被告日本興運に一切迷惑をかけない、被告日本興運が登録名義を必要とするときには直ちに返還する」との約束を取りつけただけで、対価は全然受けずに、右貸与を承諾した。そして被告日本興運では右名義貸与車の運行につき何ら指示することなく、自動車税、保険金等も納税告知書の類いを被告東京日野を通じて被告双栄興業に交付し、同被告が支払をなし、被告日本興運としては実際には何も負担していなかつた。本件自動車(車台番号七八七七八号)は、被告双栄興業が昭和三六年一二月ころ、被告東京日野から、前同様所有権留保約款付月賦弁済契約で購入したものであるが、その登録については、被告日本興運の代表者石川の了承のもとに、今まで名義貸与を受けていた前記四輛のうち一輛(車台番号七一六三一号)を廃車としてその登録番号(足一え七九二一号)を使用する、いわゆる台換えの手続を行つて被告日本興運の保有する営業ナンバーを利用し続けることとし、本件自動車と被告日本興運との関係は前記四輛と同様であつた。本件事故は本件自動車の代金完済以前であり、昭和三八年三月三一日被告東京日野は代金支払遅延を理由に本件自動車を引き揚げた。
右事実によると、被告日本興運は被告双栄興業に対して本件自動車の登録名義を使用させていた者であると認められるけれども、同被告が本件自動車の運行に対する支配を有し、その運行による利益が同被告に帰属する関係にあつたと認めることはできない。営業車の名義貸与が禁止されており、その理由の一つに資力、設備の不十分な者が自動車運送事業に従事することとは一般公衆に危害を与えるおそれがあることはいうまでもでもないが、その故に直ちに、運行支配および運行利益の帰属の実際の状態と無関係に名義貸与者を以て自賠法三条の運行供用者にあたるとするわけにはゆかない。(被告日本興運としては一旦廃車届を出せば、ふたたび増車するには監督官庁の許可を得なければならず、名義をそのままにしておけば、かかる手数を省きうる利点があつたことは認められるが、これをもつて運行利益とはいえない。)従つて被告日本興運には本件事故により発生した損害について賠償責任はないものと言わざるを得ない。
五更に同第五項について判断するに、
被告東京日野が同双栄興業に本件自動車を所有権留保のまま売り渡し、同被告から本件自動車の代金の割賦金を受領していたことは原告らと被告東京日野との間に争いがない。ところで前項認定のように被告東京日野は被告双栄興業が被告日本興運の名義を使用するに口添えしたのであり、通例のサービスとして台換えの申請手続の代行も行つたものと推認されるが、それ以上に原告ら主張のように、被告東京日野が同双栄興業のために無免許運行に必要な諸手続を行つたり、無免許運行に際して注意すべき事項の指示をなしたという事実さらには本件自動車の運行支配と運行利益とを有した事実を認めるに足る証拠はない。(所有権留保約款付売買の売主が代金の割賦金を受領することは当然のことなのであつてこの利益をもつて本件自動車から運行利益を受けていたということはできない。)
従つて被告東京日野にも本件事故により発生した損害についての賠償責任はないものというべきである。
六原告深井の損害
(一) いわゆる逸失利益
1 原告深井浩二本人尋間の結果によれば、原告深井は昭和一五年三月二九日生れの事故当時二二才の男子で、昭和三三年一〇月一日以来原告日通に運転手として雇傭されていたこと、事故当時の本給は月一万二四〇〇円、手当を合わせて手取り二万五〇〇〇円位であつたこと、現在まで勤めていれば月三万円位になつていること、しかるに本件事故による後遺症のため、ブレーキを踏むべき右膝の関節が少し力を入れると後に曲つてしまつて強く踏めなくなつたため、トラツクの運転ができなくなつてしまつたのと、勤務場所への通勤自体も苦痛に感ぜられるようになつたことから、昭和三九年九月三〇日原告日通を希望退職するに至つたこと、その後越谷自動車教習所という自宅に近い勤務先に運転指導員として――トラツク運転は無理でも指導員用ブレーキの使用には一応不都合がないので――就職したこと、初任給は本給二万〇五二〇円、現在二万三二三六円で、手取は残業手当を含めて三万三〇〇〇円であることが認められる。
2 原告深井は、その経歴から見て原告日通においてトラツク運転の能力を失つたままでは到底従来の収入を維持しえなかつたであろうから、同人の退職は、希望退職とはいえ本件事故により職を失つたものと評価することを妨げない。しかしながら、その後の勤務先において、従前の場合とほとんど変らぬ収入を得ていること前認定のとおりである以上、請求原因第六項(一)所掲のような、同原告が原告日通に在職しづけて定年退職したと仮定した場合に得べかりし将来の月収および退職金の総額を算出し、一方本件事故による稼動能力の喪失率を五割とみて、右総額の半額が逸失利益であるとする主張は到底肯認しえないこと明らかである。
3 もつとも、原告日通における将来の総収入が今後の総収入を上廻れば、その差額を以て逸失利益と見る余地があるが、証拠を按じても、相当程度の蓋然性を以て確定しうるのは前者のみであつて後者はかかる確定に至らず、従つて、差額についての心証を形成することができない。すなわち
(イ) 裁判所に顕著な第一〇回生命表の数値の示すところによれば、満二二才の男子の平均余命は四六・七一年であつて、原告深井本人尋問の結果窺知しうる事故以前の健康状態から推せば、同人が平均余命程度生存しえたと推測することも不合理とはいえないから、証人上林康の証言によつて認めうる原告日通の職員の停年である六〇才までは働き続けえたと推認することができるところ、<証拠>によれば、原告深井に適用ある原告日通の基準内賃金は、本給に勤務地手当(原告深井は東京勤務を続けたことであろうと認められるが、その場合本給の四割相当額)を加算したものであり、本給昇給率は控え目に見ても七パーセントに達すること、退職金は停年時の本給(月額)から五八〇〇円を減じ、それに〇・八一七を乗じた額を基礎額として、勤務年数による所定支給率を乗じて算定されること、停年六〇才までの勤続年数を三四年六ケ月とした場合の右支給率は九四・五二であることが認められるのであつて、先に認定した当時の月収額と右の昇給率、退職金計算式等から算出すれば、退職時までの月収総額は――基準内賃金に四・九を乗じた賞与年額は無視するとしても――二三〇〇万円以上に達すること、退職金額は七〇〇万円以上となることが、算数法則上明らかである。従つて右の合計額三〇〇〇万円が事故により原告深井から失われた将来の収入額であることについては、ある程度心証を得ることができる。
(ロ) では、原告深井の今後の総収入を予測しうるか。同原告本人の尋問の結果によると、同人は現在の勤務先である自動車教習所に就職するに際し、前記の後遺症による肢体の不自由、運動能力の欠陥を黙秘しているため、それが発覚して職を追われることをおそれており、現在の地位は甚だ不安定なものに過ぎぬと認められる。
従つて、今後の収入を考えるのに現在の地位に将来長く止まることを前提とすることはできない。これを前提とし、将来六〇才まで現在の収入が継続するとか、あるいは、同原告本人の尋間の結果認められる毎年一八〇〇円の昇給が今後数十年継続するとか仮定して将来の収入額を算出しても、それが実際の将来収入を反映しうる蓋然性は甚だ低く、到底心証を形成しえない。さればとて現職を失つた場合の収入を考え、いわゆる稼働能力喪失率を何割かに定めて算定する方法も、とにかく現職においては以前と変らぬ収入を得ている事実が存する以上、無理がある。更にいえば、前出甲第四号各証によつて認められるような大怪我をした原告深井について、果して、事故以前と同様な平均余命による生存年数の推測が可能であるかどうかも疑問なしとしないのであつて、結局原告深井の将来の収入については、同人が原告日通に在職しつづけたと仮定した場合のような蓋然性を以てこれを予測することは不可能である。
従つてその差額である逸失利益額についても、心証を形成しえず、認定しえずと言わざるを得ないのである。
4 然しながら、安定した職場を失つて不具の身で不安定な職場に甘んぜざるを得なくなつた原告深井が、経済的にも大きな損失を受けていること自体は、優に認定しうるのであるから、額を認定しえないからとて、その損害の賠償をすべて拒むことは相当でないので、この点は後記判示のとおり、慰藉料算定に当つて十分考慮することとする。
(二) 看護料等損害
<証拠>によれば、原告日通が原告深井のために貸ふとん代二万〇四八〇円付添看護人費用二三万九六八〇円合計二六万〇一六〇円の立替払いをしている事実が認められ、原告深井は同額の損害を蒙つた事実が認められる。しかし右の他に原告深井主張の出捐の事実を認めるに足る証拠はない。同人は被告双栄興業から金四万四四〇〇円を受領したことを自認するので右金員を差し引くと金二一万五七六〇円となり、その限度において原告深井の主張を肯認することができる。
(三) 慰藉料
1 原告深井は、前認定のとおり、本件事故により重傷を負つたものであつて、同原告本人の尋問の結果によれば、傷害の結果一〇時間位意識不明であり、入院期間も九ケ月に及び、その後も月に二、三回の通院を続けて、事故後一年数ケ月を経て漸く出勤しうるに至つたものであることが認められる。更に前示のとおり、後遺症のため従前の安定した職場と確実な将来収入を失い、現在の不安定な職場に甘んずることとなつて多大の経済的損失を蒙つたものであり、同人がそのため大いに心を痛めていることは、右尋問の際の供述の端々からも優に窺いうるところである。彼比総合して、原告深井が本件傷害事故によつて蒙つた精神的苦痛は、まことに甚大であるというべく、原告主張にかかる慰藉料額五〇万円は、これを恢復するには到底足りぬとせねばならない。
2 当裁判所は、このような場合、原告主張額を超えて慰藉料を算定しても、賠償の総額において原告が本件事故による賠償額として主張したところを超えない限り差支えはないと考える。
(イ) けだし、不法行為に基づく損害賠償請求権の特定は、加害行為と被害法益との同一性の判断によるべきものであるが、慰藉料請求権を基礎づける精神上損害なるものは、損害の種別に過ぎず、「精神」を法益とすることによつてのみ発生するものではない。もとより「名誉」等の精神的存在も独立の法益たることは民法七一〇条の規定するところであるが、本件に即して言えば、同条の意味は、原告深井の「身体」が傷害されたことに「因りて生じたる損害」(七〇九条)としては、財産上損害ばかりでなく「財産以外の損害」すなわち精神上損害なるものも観念しえ、これについても賠償責任が及ぶことを規定しているに止まり、同人の「身体」の外に「精神」をも被害法益であると規定しているわけではない。従つて他の法益侵害(例えば車輛破損)の主張を伴う場合にこれをも合せて一個の不法行為ありと見うるか否かは暫らく措き、少くとも、本件のように、すべての損害の発生が遡つて法益侵害としての「身体傷害」の事実に帰する旨主張せられている場合には、請求の基礎をなす不法行為は一つ存するだけであり、因つて生ずる損害賠償請求権も一個であり、各種損害費目が主張せられていても、それは「身体傷害」に因る損害の範囲と内容とを具体化するための、損害算定上の資料として主張せられているものと解する外はない。
(ロ) このように解しうるとすれば、その費目の一々の主張と認定との間ではなく、総額の主張と認定との間においてのみ民事訴訟法一八六条の拘束を考えれば足りることになる。もし、そうでなくて、費目の一々に独自の請求権が成立するとすれば、実務上しばしば起る費目の追加を、一々訴の変更ないし別訴の提起として取り扱わねばならなくなり、その煩に堪えない。――そう言つたからとて、損害のうち一定の費目を特定して別訴に譲ることが不可能になるわけではなく、例えば口頭弁論終結後に生じる損害はそのように取り扱われる外ないわけであるし、既に発生した分についても、例えば特に慰藉料請求を除く旨明示すれば、残部のみ訴求することも許されるとすべきであつて(実際には人身事故に基づく賠償請求の訴訟において慰藉料の請求を伴わぬことは稀有であり、殆んどそのような釈明の要を見ないが)、かかる別訴の可能性を認めることと、前記のように併せ訴求された場合に全体を一個の請求権と見ることとが抵触するとは言えない。
(ハ) 右の場合各種損害費目は、更にその範囲と内容とを具体化する諸般の間接事実に支えられつつ、それぞれ一の主要事実として主張されるものと解すべきであるから、身体傷害による逸失利益なり精神上損害なりの一々の費目は、その主張をまつて初めて認定の対象となるわけであつて、その意味ではいわゆる弁論主義の適用があるけれども、精神上損害の評価すなわち慰藉料額の算定は――他の財産上損害において、その細部の費目の主張と証拠によつて認定せらるべき額の主張とが分離せられず、証拠により厳密に額を認定せられるのとは異つて――裁判所が自由な心証によつて定めうるのであり、額を定めるにつき斟酌すべき事情について当事者の主張を要せぬばかりでなく、その額の算定自体についても当事者の主張に拘束されぬものと解すべきであつて、その限度では弁論主義の適用の外にあることになる。
(ニ) 従つて、結局、賠償総額において原告の主張を超えない以上、慰藉料額の算定については当事者の主張を超えることを妨げないのである。
3 よつて、前認定にかかる他の損害賠償認容額と合せ、認容総額が同原告の請求額五〇〇万円を超えぬ範囲内において、同原告に対する慰藉料額を定めることとし、前示肉体の損傷、健康の喪失、経済的地位の変動悪化等諸般の事情を考慮すると、その精神上損害を慰籍するためには金二〇〇万円が相当である。
七原告日通の損害
<証拠>によれば、原告日通の就業規則九五条には、給料と労災保険法により支給される休業補償給付額との差額が、休業期間中休業者に支給されることになつているが、原告深井についてもその適用があり、同人には原告日通から給料の四割に相当する金一七万〇〇四一円が支給されたことが認められる。ところで原告日通が原告深井に対し負担すべき右四割相当額の補償義務と被告双栄興業、同土屋が原告深井に対して支払うべき賠償額中右四割相当額とは、不真正連帯債務関係にあるところ、右両債務は性質を異にし、終局的には被告両名に負担義務があるのであるから、右金員を支払つた原告日通は民法四二二条の準用により原告深井が被告両名に対して有する右金員相当の賠償請求額を代位行使できるものと解すべきである。従つて、日通の請求は理由がある。
八結び
以上により原告深井の被告双栄興業および同土屋に対する請求は、金二二一万五七六〇円およびこれに対する訴状送達の後であること記録上明らかな昭和四〇年九月二三日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し原告日通の右被告両名に対する請求は全部理由があるのでこれを認容し、原告深井の被告日本興運および同東京日野に対する請求、原告日通の被告日本興運に対する請求はいずれも全部失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 浅田潤一 原田和徳)